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「オモテナシ」と「ほったらかし」。

「客をもてなす」、とは一体どういうことでしょうか?
暑い夏なら冷たいおしぼりを出したり、冷たいお茶を出したあと、今度は少しぬるめのお茶を出したりするのもおもてなしの一つでしょう。また、非常に丁寧な敬語を使ったり、枕の上に千羽鶴を一つ置いておくなんていうのもおもてなしと言えるかもしれません。
しかし、ここでは「なに」をするかというよりも、「いつ」するかという点で考えてみましょう。

東京の外国人観光客が多く訪れることで有名なある旅館では、以前、外国人ならきっと喜ぶだろうと、富士山の絵の入った布巾をお土産として渡していました。ところが、意に反して部屋に置いていってしまう人がかなり多くいたのだそうです。この旅館の御主人は、昔はお客さんが望むことを言われる前にすることがおもてなしだと思っていたそうですが、外国人観光客が多く来るようになってから考えが変わったと言います。結局すべての国の人に喜んでもらえる共通のおもてなしなどあり得ず、今では「ご自由にどうぞ、でも何かあったときに一生懸命対応します」、というのがその旅館の「オモテナシ」になったと言っています。

鹿児島のやはり外国人客の多いある旅館でも、似たようなことを聞きました。ここでも昔は日本的な「押しつけがましいサービス」をしていたそうですが、あるとき、いつものように親切な気持ちでいろいろとしてあげていると、「How embarrassing!」と言われたのだそうです。この旅館の御主人は、このことばを「あまり私たちの中に入ってこないで」という意味に取ったのだそうで、それ以降反省して、ある意味「ほったらかし」にして、何かあったら対応するという形にしたとのことです。

この「ほったらかし」ということば、神奈川のある旅館でも聞きました。この旅館も外国人の集客には定評のあるところなのですが、何かあったときの準備だけはしておいて、あとは「ほったらかし」にするそうで、その方がかえって好まれるのではないかと言っています。

以前、このような日本人に対する「おもてなし」と外国人に対する「オモテナシ」のタイミングの違いを、「事前調整」と「事後調整」ということばで呼んだことがあります。文化が共通で相手の気持ちを推測しやすい母語話者同士ならば、事前調整タイプの「おもてなし」は容易でしょうが、文化背景が違う接触場面では事後調整タイプの「オモテナシ」の方が有効な場合も多いでしょう。観光接触場面ではコミュニケーションをスタートさせるタイミングに関しても、これまでの枠組みを見直す必要があるわけです。

一言で「客をもてなす」と言っても、なにをするかというだけではなく、それをいつするかという点についても違いが見られるのが観光接触場面の「オモテナシ」です。観光接触場面では「ほったらかし」も「オモテナシ」の一つと言えるのかもしれません。

(加藤好崇)

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