日本語教師養成講座の教育実習での経験を紹介したいと思います。ある実習クラスで、最後の実習授業の企画として「やさしい日本語」劇をすることに決めました。「花咲か爺さん」の内容を、実習生がすべて「やさしい日本語」に書き換えて、外国人学習者に演じてもらう企画です。
学習者は初級レベルでしたので、とにかくやさしく言い換えました。ご存じの通り、「花咲か爺さん」では、優しく正直なお爺さんが様々な善い行いをして、小判を得たり、褒美をもらったりします。それを見ていた欲深いお爺さんが、自分にも同じことが起こるように真似をして、ことごとく失敗する話です。
「小判」や「褒美」という言葉を、このまま初級レベルの学習者に教えるわけにはいかないので、すべて「お金」に言い換えました。そして、言い換えられた欲深いお爺さんの台詞は「私もお金がほしいです」となりました。優しく正直なお爺さんが小判や褒美を手に入れる度に、それを見た欲深いお爺さんは「私もお金がほしいです」と叫びます。
欲深いお爺さんの役はイタリア人の学習者でした。ほとんど日本が分かりませんでしたが、「やさしい日本語」の台詞をしっかり覚えて、実習生からサポートを受けながら、演じ切りました。この「私もお金がほしいです」という台詞を、正直なお爺さんを見つめながら言う度に、教室の中は爆笑の渦に包まれました。
現在、外国語学習・教育の分野では、Can-doという考え方の重要性が取り上げられています。日常生活で具体的に何かが「できる」ようになることを目指して、外国語を学習しようという考え方です。具体的には、外国語を使って、銀行口座が開けること、歯医者で症状が正確に伝えられることなどです。つまり、日常で「使える」日本語です。日常の具体的な場面で外国語が「使える」ようになることは、もちろん重要です。しかし、外国語を学習する目的や意味は、決してそれだけではないでしょう。
確かに、「私もお金がほしいです」という台詞は、現実の場面では冗談以外で使うことはまずないと思います。つまり、日常で「使えない」日本語です。でも、初級レベルの学習者なら誰もが理解できる「やさしい日本語」です。さらに、劇中で皆で大爆笑できる日本語です。「私もお金がほしいです」を言った学習者は、自分が台詞を述べる度に、大爆笑が起こった教室の風景を忘れないはずです。そして、日本を離れても、その時の思い出とともに日本人や日本社会のことを懐かしく思ってくれることでしょう。
Can-doの考え方を基にした「使える」日本語は、言うまでもなく重要です。しかし、それだけではなく、皆が理解できて、皆で大爆笑できる、そんな「やさしい日本語」も大切にしていきたいものです。
(福地俊夫)