「恋人がいますか?」「何歳ですか?」、こんなことを初対面やまだ会って間もない人に聞かれたらあまりいい気はしませんよね。
でも、みなさんは外国人との初対面で、こういった質問をされたり、あるいは自分から質問したりしたことはないでしょうか。また、たとえ聞かれても日本人に聞かれるよりも嫌な感じにはならなかったという経験はないでしょうか。
もちろんビジネスシーンなどではないでしょうが、比較的年齢の近い若者同士の初対面接触場面では母語場面よりも早めにこういったプライバシーに関わったり、個人的な話題が持ち出される傾向があるようです。(以前このことを中学生に話した後、留学生と会話をさせたら、それが普通と思ったのか、自己紹介した後いきなりこんな質問ばかりになっていました!)
さて、外国人観光客が訪れる和式旅館の観光接触場面はどうでしょうか。
さすがに恋人の有無や年齢を聞かれたという話は聞きませんが、お互いの趣味の話で盛り上がったり、自分の家に誘ったり(外国です!そして本当に行った例もあります!)という似たような例がここでもが見られます。
なぜこんなに友だちのような関係になるのでしょう。
一つにはまず接触時間が長いということがあげられます。
例えば、チェックインの時に、日本人同士であればいちいち風呂の使い方やウォシュレットの使い方を説明しなくてもいいのに対して、外国人には詳しく教えておかなければ日本文化の実践が難しくなります。ある旅館では外国人観光客のチェックインは日本人の三倍ぐらいかかるのだそうです。一緒にいる時間が長ければ、それだけ打ち解け合って、個人的な話題も出やすくなります。
また、外国人観光客にとっては旅館内のいろいろなものが珍しく、いろいろと質問をしているうちに話が盛り上がるということもあります。以前、京都の旅館でチェックイン時に池の鯉に興味を持った外国人観光客と、それを説明する旅館の御主人との話が長くなり、チェックインのルーティンとはかなりかけ離れた会話場面が起きていたのを見たことがあります。
それから最初にあげたような、母語場面の規範が緩和されやすい接触場面自体の特徴ということも言えるでしょう。
こうなると人間関係も変化してきます。日本人同士では「宿—客」という縦の関係が基本でしょうが、観光接触場面では「人—人」という横の関係が強くなってきます。ある旅館のスタッフは、普段外国人のお客さんが多いのに急に日本人が泊まると、扱い方に戸惑ってしまうと言っていました。観光接触場面では「人—人」関係でフレンドリーな感じで接しているのに、日本人との母語場面ではいそいで「宿—客」関係に戻さなければならないからです。
上のような様々な変化を、以前「ポジティブ・ポライトネス化」と呼びました。こういった特徴を持つ観光接触場面では、丁寧度が高すぎる敬語が使いづらくなり、友だち同士のような会話にはならないまでも、「デス・マス」体だけのニュートラルなスピーチスタイルが一般的になるかもしれません。
以前の私の記事で観光接触場面の「事後調整化」というお話をしましたが、この「ポジティブ・ポライトネス化」も、観光接触場面のもう一つの特徴と言えるでしょう。
(加藤好崇)