「外国人観光客は話したがっている」(トラベルジャーナル誌寄稿記事)

昨年10月17日号で、10ページの特集を組んでいただいたトラベルジャーナルでのコラムを、編集長の許諾を得て本ウェブサイトに掲載いたします。特集他の記事をご覧になりたい方は、電子版をご購入ください。

週刊トラベルジャーナル2016年10月17日号特集「やさしい日本語~おもてなしのシーンが変わる~」

「やさしい日本語が開く訪日観光」

外国人観光客は話したがっている

吉開章 株式会社電通 やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長

やさしい日本語ツーリズム研究会のメンバーは、私を含め誰1人として観光の専門家ではない。しかし、観光関連の記者から「20年この仕事をやっているが日本語で外国人対応しようといった人はいない」といわれ、このプロジェクトが間違っていなかったたことに自信を深めている。研究会立ち上げ後、観光関係者からいろいろなご意見をいただいた。観光の視点から「やさしい日本語ツーリズム」を理解するポイントをまとめてみる。

日本に来る観光客は、英語だろうが中国語だろうが、日本人は自分の母語を話さないことを前提に訪れる。これまで日本の観光業界はそれを不便さとして解消することだけに気を取られ、完全に解消することを多言語対応のゴールに設定してきたように思える。

「やさしい日本語ツーリズム」では、言語の不便さを完全解消するのではなく、不便さを楽しみたい、勉強した日本語をドキドキしながら試してみたいという二ーズを観光コンテンツに転換する。日本語を学んで自ら不便さにチャレンジしたい、同行している友だちにちょっとかっこいいところを見せたい、そんな人を惹きつけていく。

そして、このような観光には、寺社仏閣や巨大モールは必要ない。日本語と市民さえあれば、どんな地方自治体や商店街にもチャンスがある。日本語を話したい外国人がいる、やさしい日本語なら会話ができる、これだけを研修で理解してもらうだけでも、一気に町の雰囲気が変わる。柳川市がその証拠だ。

<わかる言語でなく望む言語>

英語は世界中で第1外国語として学ぱれている。台湾でも第1外国語は英語。ということは、学校で学んでも英語が苦手な人、話せるようにならない人は、日本人同様世界中にいる。特に東アジアのような受験が厳しい地域では、英語がトラウマだという人もたくさんいるだろう。

一方、日本語を必須の第1外国語として教えている国や地域は皆無だ。すなわち日本語を勉強している人は、自ら望んで学んでいる。特に成熟した社会である韓国・台湾・香港の日本語学習者はほぼ趣味的学習者で、日本のコンテンツを消費する以外にも、日本観光のリピーターとして日本の地方を訪れている。

日本人が海外の日本語学習者のことを自分の英語学習体験で想像したり例えたりすることは、たいてい間違いのもとである。むしろ、韓流ドラマが大好きで自分で韓国語を勉強している女性のような人をイメージすべきだ。そして日本語を勉強している台湾人が、想像を絶する規模で存在したことを明らかにし、実際に「日本人とは日本語で話したい」ことを裏付けたのが、 8月25日発表の電通調査結果である。

多言語対応に完全策はない。同様に、英語も完全な答えではない。しかし観光事業者や専門家はきりがない多言語対応に奔走し、観光の現場は身につかない英語教育にコストをかけている。

日本人ヘの英語教育で大きな成果を上げた施策はない。それでも日本人が海外に打って出るためには、今後もいろいろな予算をかけて英語教育を強化していく必要がある。しかし、日本という国で日本が好きな外国人を受け入れ、しかも最寄りの国・地域には大勢の日本語学習者がいるという事実の前で、なぜ国内の観光の現場では英語教育が前提になっているのだろうか。

仮に観光従事者が「やさしい英語」なるもので会話をしようとしたところで、聞き取りの技術はやさしくなるはずがない。また、英語の音に慣れたとしても、相手と同じ規模の語彙をあらかじめ覚えておく必要がある。しかし「やさしい日本語」では聞き取りの技術はほとんど不要だ。そして難しい日本語の言葉を使わないようにするほうが、新しい英単語を覚えるより楽なのは、どんな子供もお年寄りも理解できる。

「やさしい日本語ツーリズム」に関して、自治体や事業者が最初に考えるべきことは、それが既存の多言語対応のコストカットにつながるという面である。多言語対応予算の一部を「やさしい日本語」の研修に回すだけで、劇的な効率改善が期待できると確信している。

<決して日本語を押し付けない>

「やさしい日本語ツーリズム」は、日本語を話したい訪日外国人にフォーカスする。決して訪日客に日本語を押し付けない。また、「やさしい日本語」の研修だけでなく、日本語学習者マーケティングと両輪であるのがこのプロジェクトだ。

裏返すと、今まで訪日客に英語を押し付けていたかもしれないことも反省すべきだろう。日本人が必死で英語を勉強して対応しても、相手は英語がわからなかったということがよくある。このとき、「なんでこの外国人は英語がわからないんだ」と、さげすむ気持ちをもっていないか。

確かに欧米人の英語理解程度は高いが、訪日客の6割を占める東アジア、東南アジアを入れれば8割に達する近隣国のお客さまの多くは、日本人より多少うまい程度である。英語での接客を欧米と同様の感覚でアジアからのお客さまに押し付けていないか、検証していく必要があるだろう。

訪日外国人に「やさしい日本語」で対応しよう、というアイデアがこれまでこのような規模で生まれてこなかったのは、①日本人の英語一辺倒の固定観念、②趣味的な日本語学習者の統計がなく、マーケティング的に注目されなかった、③日本語教育の世界は教室を起点としたものにとどまり、拡張的なアイデアに乏しい、④「やさしい日本語」は国内に住む外国人に対する行政上の施策にとどまり、一般市民が学ぶ動機付けが少なかった、などの理由が挙げられる。

観光・日本語教育・外国語いずれの専門家でない私が「やさしい日本語ツーリズム」のアイデアに行き着いたのは、フェイスブック上で日常的に世界中2万人の日本語学習者と接してきたこと、そして人生後半になり故郷の柳川のことを考えるようになったことがきっかけだ。日本の少子高齢化・人口減は避けられないが、全地球的には人口は増え放題で、特に日本の近くには経済成長著しいアセアン諸国がある。日本の将来像が厳しかろうと、日本にブランドがあり、いつか日本に行ってみようと思われる存在であり続ければ、日本はフランス級の観光立国という形で生き続けられるのではないか。

そして、「日本語も日本の持つブランドのひとつ」ということに、多くの政府関係者、自治体関係者、観光関係者に気づいてもらえれば、観光だけでなく、日本の抱えるさまざまな問題を解決できると確信している。ことをゆっくり進めるつもりはない。気がついた関係者から順番に得をする、そんな仕組みを作っていきたい。



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